お電話でのご注文・お問い合わせは

0120-611-812

メールからのお問い合わせは

お問い合わせフォーム

愛宕神社~東京~

  • 2019.2.12
  • ブログ

先日東京へ出張してきました!

その合間を縫って目指すは愛宕神社。

東京23区内で一番高い山の愛宕山の山頂にあるのが愛宕神社です。

23区内で一番高いといっても標高は25.7メートルしかありません(笑)

 

 

山の下から見上げる愛宕神社がこれ!(^^)!

 

そしてその愛宕神社の名物?名所?がこちらの ””出世の石段””

 

 

 

さっそく出世?願望の強い私はこの傾斜角約45度、段数は86段に挑み、息を切らしながら登頂に成功!

頂上から出世の階段を見るとこんな感じです。

 

 

♪♪♪ 高ければ高い壁の方が登った時気持ちいいもんな ♪♪♪

って大好きなミスチルの歌を頭の中で歌いながら上からの景色!?を堪能(*^_^*)

 

で、こちらが登ったところにある本殿です。

 

で・・・

なぜここに行こうと思ったかというと、日本の歴史にちょっと関係性がある神社でありまして・・・

 

①出世の石段といわれる由縁は1634年(寛永11年)、江戸3代将軍徳川家光が、増上寺からの帰りに愛宕山の満開の梅を目にして

『誰か、馬にてあの梅を取ってきて参れ!』と命じましたが、石段はかなり急な坂。

馬に乗って上るなんて、とても出来そうもありません。

そんな中、パッカ、パッカと石段を登り始める人物が!四国丸亀藩の家臣で曲垣平九郎(まがき・へいくろう)という者でした。

平九郎は見事に上りきり、家光公に梅を献上したそうです。

この事で平九郎は『この泰平の世の中に馬術の稽古を怠りなきこと、まことにあっぱれである!』と称賛され、

『日本一の馬術名人』とたたえられたことから”出世の石段”と呼ばれるようになったそうです。

 

②1860年(安政7年)3月3日、時の大老・井伊直弼が江戸城へ登城中に暗殺される『桜田門外の変』が発生しました。

襲撃者は、関鉄之介ら水戸藩士17名と薩摩藩浪士・有村次左衛門の合計18名。

彼らは早朝に愛宕神社で集まって祈願した後に江戸城の桜田門へ向かったと言われています。

 

以上のことから行ってみようと思い、近くでしたので寄ってきました。

また次回もどこかへ寄ってこよう(^^)v

 

 

代表取締役

桑嶋貴史